菅 幸子

綴ります。〈HP〉http://sugasatiko.jimdo.com/

お年賀状

病気の記しとして綴る。


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例え入院したとしても3日くらいで治るだろうと思ったので、その程度の簡易的な入院セットを持ち病院に行く。前回の入院は比較的にヤバかったため、それでも5日で退院したからや


医師は前よりは良くなってる、1週間後には多分治るだろうと引き続き様子を見るようにと促した。
ここで一旦、診断を一区切り終えさせたのだった



今日で8日目を向かえたわけだが、前回切開した場所と同じ側が腫れている。ただ治ると云われたのだし、死ぬまでには絶対治るから もうどうにでもなれとする。
まぁ、12日には不整脈の結果を聞くために病院に行くわけであるからそれまでには…




今年はとうとう手元にはお年賀状が1枚もない。昨日、ある ともだちが年賀状送ると連絡きたが もはや寒中見舞いである。
友達の住所って聞きやすいけれど、好きな人の住所を聞くのってなかなかできないなぁなんて私は思う。今の時代は余計にそうなんじゃないか?いや、時代は関係ないのかな?

そういえば世の中のアベック同士で年賀状送りあってる人を私はまだ知らない。(身近にいないだけかもしれない)



このブログって結構に近況報告的に役立ててるみたいで嬉しい。ありがとうございます。


めがけて この文章を触れにきて下さること、気にかけて下さること、たとえ連絡をすることがなくなって会うこともしなくなった方々もおられるかもしれない。

それでも 繋がった意味がありますよねって感じ。


琴線に触れるって感じ?



いま祖母に梨を食べるか聞かれたので

「明日」

と言ったならば

「おしっこ?」

と言われた。それほどまだ元のようには話せる状態でない。



早く美味しい料理を食べに行きたい。




以上