菅 幸子

綴ります。〈HP〉http://sugasatiko.jimdo.com/

ソファーが欲しい

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限りなく余白を必要なだけしか残してないベッドの土台と、それの延長で座の部分は可愛らしさと可憐さと落ち着きのなさを合わせたようなソファーが欲しい。


きっと手に入れたら全て要らなくなるのだろうけれど



いまはラジカセが欲しい。テレビが要らなく感じてしまった。でもテレビがなかったらテレビをまた観たくなるんだろう。


そうやって欲求は無いものを求めるのだろう。
でもやっぱり絶対に必要なものはその欲求すら思う余地は無いのかや?


私はお花を育てるのが苦手だけど花が咲くのを見るのは嬉しい。鼓動を聞いてると尊いものを思い起こさせてくれる

生きてるってそういうことですか


生理痛がこんなに辛いかったのは生まれて初めてであった
私が今日知った痛みや辛い気持ちを親は知らぬままですし、私はこうやって一人で生きることに慣れていくんだ 淋しいなと思おた。


今日は身体的に辛かったから、こんなこと思ったけれど もしこれが身体と心態のダブルスであったらと思うと一人ではいられないと思おた

だからやっぱり子孫を残すという役割は全うだ。





あぁ、甘えたい。
甘えたい と 迷惑をかけたい は似て異なる。