宇多田ヒカル「Kiss&Cry」を聴きながら、これを綴る。
他人なのに身近な人に簡単な応援をされるより勇気づけられるのは宇多田ヒカルってやっぱり凄いなぁ
やっぱり7月は苦手だ。7月も8月も9月も苦手だ。
以上
生理前だからきっとイラってるのだろう
今日の己は何に関してだか腹立たしさがある、嫌な気分になるのは自分の問題というのは
=心が狭い、と訳すのは逃げであり、=私はイラだっている、という客観的事実だけ認識することがイムポータントだがや
もうすぐで私の天中殺が終わる。
昨日たまたま見た占いでは7月にとてつもなく悲しいことが起きるけど大丈夫みたいことが記載されてたけど大丈夫なこと自体何も起こってないけどあと3日で起きるわけなんかいな
ほら、イラだっている。
目覚まし占いも12位だ。人の巻き添えになる的な内容だ、やめてほしい。
Twitter始めてみようかななんてこの頃思ってるけど色々落ち込みそうだからその気はちょっと片隅に置いてみよう、
以上
久しぶりに友人が家に来た。
macにソフトを入れてもらうためにわざわざ来てもらった。来てもらう前は、きっと簡単な作業だろうと思おていたがそんなことはなかったので やはり来てもらって良かった
わざわざ来てもらったから、お昼をなけなしのお金でご馳走したならばババ抜きで勝ったために結局は焼き鳥やアイスやお菓子を買わせてしまった。彼は優しい
男女の間には諦めた先に友情があり、丸い円があるならば「男女の友情は無い」に始まり「男女の友情は有り」と合致するというのが己の考えである。説明が難しいが
焼き鳥が出来上がるのを待っている夕暮れ時に、私はアイスを食べながら友人のカウンター向こうでおじさんが焼き鳥を炙っている姿を見ている風景を見て、 今年の夏を思い出すときがあれば これ だなと感じるのだった。
小学生の時に団地の友達と夕方に団地内で門限になるまで遊んでたような 永遠に続くような そないな感覚と似ているかもしれん
インスタグラムでたまたま見つけた恋文的なやつに「心が疲れるなら恋人ではない」みたいな内容があり、恋愛経験もないくせに そうだよな~と納得してしまったがや
27歳までに出逢う将来の彼は、一緒にいると私の心が穏やかになる人であることは間違いない。
以上
「家、ついて行ってイイですか?」
というドキュメンタリー番組を昨日観たならば前にブログで綴ったことと近い内容があり、当時の気持ちを思い出したのだった。
誰かにとっての幸せが誰かにとっての不幸になるというのは何とも云えないのであるが
昨日の放送の一部では、ガンを発症してからSNSに幸せアピールをしなくなったという人がいて 自分がガンを発症した当時に幸せそうな投稿をみて苦しくなったから その逆もあることを知り 以来投稿をしなくなったということだった
SNSって難しいがね
ある日突然、友達が美味しいご飯屋さんがあると当日に自分を誘ってくれて今まで食べてきたレパートリーの中でしか想像していなくて、待ち合わせ場所に着いて行ったならば期待とは違ってベトナム料理屋さんだった。
自分が思っている以上のボリュームと味。自分の想像から越えた先にあるはずなのに緊張しない空間とわくわくしている気持ち。一緒に食べることが多い相手なのに新鮮に感じること。
そういう恋が訪れたら明るい未来になり得そう
そしてそれを待っている己がいる。
以上
追記
学生時代の時にこの歌をよく聴いていたけど、久しぶりに聴いてもやっぱりいいなぁ、切ない…
以上
グッと惹かれる絵(作品)だと思いませんか?
特に1枚目の画像は面白いと思いました。
青山付近にあるbeauty&youthというブランドの路面店にある入り口左側に飾られていたものです。
1人じゃ入るには肩身が狭いと思い、気になっていたものの洋服を見るのを躊躇っていましたが友人と通りがかったので入ってみましたならば最初に目に入ったのがこの飾りとしてある作品でした。
私の目には思わず一旦そこで足が止まるほど、興味深い作品だと感じたのですが やはり洋服目当てだったりするからあまり目に入らないのかなと人の関心って本当にそれぞれだなと感じた次第です
3年ぶりくらいにルーフトップシネマを観たがや。
1回目は確か22歳位かな…。1人でドキドキしながら行ったがや。翌年2回目はバイト先の人が誘ってくれた。昨日は友人が誘ってくれたのだった。
ハートランドの味も分からないのにビールが飲めるようになった。
結婚したい。
以上
macが届いた。戦闘能力がこれで上がるといいな。
手間な梱包までしてくれた友人に頭が下がる。今度はPCに少し詳しそうな友人が色々手間を加えてくれる。友人様々である。
以前に、望むものが望んだ時に気づいたら目の前にあるみたいな内容をブログに綴ったわけだが昨日もまさにそんな感じのことがあった。
近頃の夜の帰り道にたこ焼を食べたくなる気持ちになるのだったが、晩御飯にしては求めるほどではなしにお値段もそこまで払う気持ちにならずして望みながらもタイミングがあるような気がしてやめてたんですよ
そいならば昨日、職場でたこ焼を食べる機会がありましてね。職場でたこ焼を食べる機会なんて1年に2,3回あるかないか位のことなんですけど昨日は滅多なことに食べれたんですよ
こう読んでると、たこ焼食べる機会多い気がしてきたけどタイミングがサクセスしてることに「食べたいタイミングで食べたいものが目の前にある」ってのを体感して やっぱり退院してからの私のバイオリズム凄いなって純粋に静かに感動しているのだった。
今の私なら大丈夫だと思おたことは大丈夫な気がする、そんな感じなのだった。
元気があるうちにしか出来ないことがたくさんあるがやね
以上