さすがポイズン

このブログは己の成りを備忘録として綴るものであり、家族の事や詳しい出来事については割愛しております。

本日晴天暑し

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こう見えてトマトクリームチーズの鶏肉であります。


今日は朝の徘徊を中止して丹念に床掃除を完了
デジモンとワンピースを流し観し、洗濯物を干す前に雨の後がついたガラスを綺麗に整えるの巻
集中してテレビに向かいワイドナショーを鑑賞する

ラインをやめたので携帯を観る時間はもっぱらがるちゃんをチェックするくらいである



ノンフィクションが始まる前に買い出しに家を出て、セーター1枚でも十分な気候になったことを体感
日曜日ということもあって家族づれが多い

気づけば自分とさほど年齢が変わらなさそうな子連れの夫婦が多く、子供ができてもいい年齢であることに現実味が全く湧かない。子供がいないにしても結婚しているという点だけで同じ時代を生きているというのにこうも人生の器量が違うのかとほんの少しだけせつなくなるものです。
(自分に限っての話なので悪しからず)



まだ自分には用意されていない宿題がある



結婚に発展する交際関係は、己にとって以前から目標(実行できる物事)ではなく夢(叶えることは不可能に近いこと)なのである。
報われない結果を自身のせいにしてきたわけであるが、今年に入ってから不思議とそういう考えを捨てている自覚が芽生えたのだった。これはもはや多くの人が知っている言葉の通りである
「タイミングとご縁が全て。」

もう自分のせいでも相手のせいでもない。
今まで、好意を抱いた結果が報われることのない異性関係を経験してきたけれども、心理学的にいえば「私は恋人がほしい」=「どうして恋人がほしくないのですか」という潜在意識の結果であるのでしょうに。

自分が選択してきた行動と判断のひとつひとつは私に恋人をつくらせないがための判断であったということであります。












やりたくないと思ってる時に、やりたかったことが飛び込んでくる
(これは恋愛に限らずそうですね)



もし恋愛でそういうチャンスがきた場合
私はそれを受け入れるんやろか


次に自分に行為を示してくれた人が現れたらおじけづかずに一旦その人を受け入れたいと実は2年くらい前から思っているのだが、結果的にどうしてもそれができない。




もう何年も何年も同じことばかり言っている。
恋愛における進歩と発展が何年も何年も成長していない。
ずっと同じところで踏みとどまっている

恋人と喧嘩すらしたことがない
もはや恋人すらできない


好きな人ができたどうしよう、みたいなノリをずっと繰り返している。
その横で周りは発展的で現実的な相談をしているというのに自分は幼い段階で踏みとどまっている


ばかったらありゃしまへんがな




だってもっと実行するべきことがあるということも知ってますから自分次第でどうこうできない物事(恋愛)は後回しに決まってるでしょうに。















今日もしょうもない備忘録だな



以上